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それは去年の9月の初め、笙子と秋物の洋服を買いに、隣の街のショッピングモールへ。
偶然出逢った川口先輩の横には小さな赤ちゃんが眠るベビーカー。
声を掛けたのは笙子だった。
「お久しぶりです、川口先輩。」
「…久しぶり、だね。」
私はベビーカーに落とした視線を先輩に移す。
「…去年、結婚したんだ。」
「…そうですか。おめでとうございます。赤ちゃんも…?」
「…ああ。」
私の横で何か言いたそうな笙子の腕をぐっと掴む。
通路の向こうから明らかに先輩の方を見ながら歩いてくる女性の姿が見えたから。
「お元気そうで良かったです。じゃ…。」
「…鈴。」
―もう名前呼ばないで。
笙子の手を引いて歩きだす。
多分先輩の奥さんだろう人とすれ違い、少し経って振り向くとやはりベビーカーを覗き込み手を延ばしていた。
2人が見えなくなった所で立ち止まる。
「…ははっ」
乾いた笑い声が出た。
忘れてなかったのは私の方なんだ。
うん、先輩も忘れてはいないのかもしれないけど、いつまでも引き摺ってるのは私だけ、か…。
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