5 動き出す

6/14

1645人が本棚に入れています
本棚に追加
/335ページ
……ダメッ。 私は動かせるようになった両手で、北島の肩と胸を思い切り突いた。 北島が一歩後ろに退いて唇が離れる。 ガタガタッと音がしたのは北島の脚がテーブルに強く当たったようだ。 「…っ…」 私はもう一度強く北島の胸を押した。 私の頬とうなじを掴んでいた手を離した北島と目が合った。 いつも自然な感じに流されている北島の髪が乱れて、思いの外長い前髪の間から覗いた目の光がなんだか怖くて…。 「…きたじ…ま?」 声が震える。 その目がハッとした表情と共に揺れて、北島がもう一歩後ろに下がる。 「俺…、…ごめん。」 苦しそうな声で言った北島は背中を向けると、足早に休憩室から出て行った。 ロッカーに寄りかかったまま、呆然とその姿が通路に消えるのを見ていた私の耳に聞こえた声。 「お、まだいたのか?」 「…はい。お疲れ様です。」 通路で出会ったのだろう、課長と北島の声。 「ああ、北島…」 課長が呼び止めて何か話しているようだ。 …このままじゃ変に思われる。 私はまだガクガクしている脚になんとか力を入れて動くと、北島が当たってズレたテーブルとイスを元の位置に戻した後、開けたロッカーの扉の陰で、手に持ったままだったメガネをかけた。 ・
/335ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1645人が本棚に入れています
本棚に追加