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「課長だって、本当は大切な人と一緒に見たいですよね。」
…ビルの外に出ながら、勢いで聞いてしまう。
少し間があって、
「…ああ、出来ればそうしたい。」
そう答えた課長の声は静かで、今まで聞いた中で一番優しい声だった。
…痛いな、胸。
風間さんはあんな風に言ってたけれど、やっぱり課長には大切にしてる女性がいるんだ、と感じた。
俯いた私は、メガネをかけ直す振りをしてフレームに触れる。
…うん、大丈夫。
上げた顔は笑顔の筈。
「今日は私でごめんなさい。でも本番は来月ですものね。」
「…そうだな。田上も、だろ。」
私は笑ってはぐらかして、「うちの売場ももっとクリスマスっぽくした方がいいですか?」なんて、話を変える。
それからは仕事の話をしながら駅まで戻った。
課長のそのひとには悪いと思ったけど、私は課長の手を離さなかった。
今日だけ、もう少しだけ。
駅について、手を離した。
課長は腕時計を見て、上着の内ポケットからカードケースを出すと、「上野まで行って特急に乗って帰ろう。」と、少し疲れたように笑った。
そういえば寝不足だって言ってたな。
何のDVD見てたんだろう…なんて考えながら、改札を抜ける課長の後を追った。
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