雁真という少年と錐という少女

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大瀧の初登校は二ケツで幕を下ろす。職員に会っても怒られる事はなく、すんなりと駐輪場に自転車を置く事が出来た。 大瀧は自分の鞄を持って早々に笠松から離れる。 「んじゃあな。」 「あ、待って。」 笠松が大瀧を呼び止める。桜の花びらが舞うのと一緒に大瀧は振り返って笠松を見た。 「ん?」 「今更だけど、入学おめでとう。」 風が吹く。春一番には遠い薫風は新たな旅立ちを歓迎していた。その声に、大瀧は満面の笑みで応えた。 「おう!」 入学式は済んでいる。この日は対面式という形で学校内の人間全てが体育館に集まっていた。 全員が整列を完了させ、静寂になった所で校長の挨拶が始まったが大瀧は九割がた眠っていて聞いていなかった。 「…では次に本校に新しく入った職員を紹介します。」 教頭の指示の下、転入教師が壇上に立つ。その中には笠松創の姿もあった。教師が挨拶を済ませていく中、笠松創の番になって大瀧は目を覚ました。 「皆さん初めまして。笠松創といいます。」 「げっ!?」 大瀧が思わず大声を上げる。その声に体育館中がざわめいた。笠松錐は呆れた様子で頭を押さえていた。 体育館を静める為、創が咳払いをする。皆の注目が集まってから、再び話し始めた。 「ではもう一度。初めまして、笠松創です。主に一年生の数学を担当します。以前は星西(せいせい)高校で働いていたんですけど、こっちの方が人が多くて緊張します。えー、担任は『1年A組』を担当します。これから何年か、宜しくお願いします。」 創が礼をして壇上から下りる。彼の言っていた1年A組は大瀧雁真が配属されたクラスだった。 (しくったー!創のおっちゃんがいたー!) 頭を抱えて半べそをかく大瀧は初日にして早くも学校選択を後悔していた。 「お、俺のバラ色が…。」 自分のクラスに戻り、椅子に座るやいなや深い溜め息をつく。その声に反応する者がいた。 「どうしたんだ?」 近くの席から大瀧の中学生時代からの友人、斎藤匠(さいとう たくみ)が苦笑いで大瀧の顔を覗き込んだ。 「やけに暗いな。」 「あったりまえよぉ…。俺の事知らないバラ色高校生活はお前らによって初日早々粉々にされたのさ…。これを嘆かなくてどうする!」 「自業自得だ。中学でハッチャケすぎたんだよ。」 「うるせぇ、お前は眼鏡取ってコンタクトにしたりしてイメチェンしやがって。」 大瀧は中学時代、斎藤と共に僅か14歳にして名を知らぬ者がいない不良となっていた。二十前に存在したとされる伝説の不良、『デビル』に倣って大瀧は『サタン』と呼ばれていた。 しかし入試が近づくにつれ、高校デビューに向けて騒動は一切起こさず、受験勉強にひたすら励んだ結果、県内一の規模をもつ私立・彩徳高校に入学できたのである。
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