睡眠という概念と動作という時間

20/26
前へ
/2878ページ
次へ
長髪の折咲が斎藤の体から右腕を抜く。腹にぽっかりと空いた穴から短髪の折咲が見える。だが直後に見えなくなる。 斎藤匠が力無く倒れ、崩れた体から血溜まりが滲んで広がっていた。 「斎藤君!」 短髪の折咲が斎藤の体を揺する。 「ごめん、あんま揺らさないで…。」 斎藤が血を吐く。意識が遠のいていく。 「斎藤君!斎藤君!」 叫ぶ折咲に向かって長髪の折咲は腕を振り上げる。その鼓膜を、少年の声が揺らす。 「ちょっと待ったぁー!」 大瀧が全速力で駆けて来て、そのままの勢いで長髪の折咲に跳び蹴りを当てた。 折咲は腹に大瀧の蹴りを受けて後ろに吹っ飛ぶ。離れた距離に大瀧が潜り込み、大瀧が斎藤の顔を掌で叩いた。 「匠!」 大瀧が斎藤の顔を何度も叩く。 「痛い痛い…。ちょ、いたっ、」 大瀧が斎藤の顔を何度も何度も何度も叩く。 「ちょ、待って、いた、痛いから。」 大瀧が斎藤の顔をリズムよく小気味良く連続に叩いて叩いて叩いたて叩いて、斎藤は我慢の限界を超えて大瀧の腕を握った。 「痛いから!地味に痛いから!」 「匠、腹は大丈夫なのか?」 「え?」 斎藤が自分の腹を見る。既に腹の傷は、いや、傷どころか血溜まりの跡すら消えていた。 「…あれ?」 失ったはずの全ての肉が、全ての血が体内に戻っていると感じる。奇妙な事態に短髪の折咲も首を傾げた。 「さっきまで確かに穴が空いてたのに…。」 「ここだから?それとも俺の能力?」 「匠の能力じゃね。…おっと、無駄話してる時間は無えみたいだぜ。」 大瀧の視線の先で、長髪の折咲が三人をじっと見つめていた。 「匠、悪ぃけどちょっとあいつの相手しててくんない?」 「無理っつってもやらせんだろ。飽きるまでならやってやるよ。」 「頼んだぜ。」 斎藤が長髪の折咲へ走る。狙いは全て引き受ける。だが背水の陣よりは気分が楽だ。 「俺が相手してやるよ。」 【斎藤匠…殺す…。】 斎藤が長髪の折咲と拳を交えずに戦う。その間に大瀧は短髪の折咲と対面した。 「千鶴ちゃん、死を身近に感じた事は無い?」 「…さっき、思い出した。匠君が倒れた時、全部思い出した。」 折咲の目から涙が溢れる。連続した粒は線となり、涙が流れる二つの線が彼女の紅潮した頬を濡らしていた。 「私、とんでもない事をしたの。私は彼女に助けられたかもしれない…。」 折咲千鶴が能力に目覚めたのは中学二年の冬だが、死を感じたのはその一ヶ月前だった。 彼女の想起に起因する。
/2878ページ

最初のコメントを投稿しよう!

257人が本棚に入れています
本棚に追加