睡眠という概念と動作という時間

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折咲の長髪が短髪の折咲の全身に突き刺さっていた。少しばかりの静寂を、大瀧の怒号が消し飛ばした。 「千鶴ちゃん!」 大瀧と斎藤が折咲の髪を離そうと迫ると、長髪の折咲は髪の毛を抜いて二人の方を向いた。 【皆、死ね。】 「てめえ…!逆上してんじゃねえよ!一人でくたばれ!」 大瀧と斎藤が短髪の折咲から長髪の折咲を引き離す。その抵抗の無さに斎藤だけが気付いたが、馬鹿は止まらない。 「てめえを甘やかした俺がバカだったよ!ぜってーぶっ殺す!」 折咲が大瀧へ髪の毛を伸ばすが、大瀧は襲って来る髪の毛を掴んで引っ張った。 髪を引っ張られた勢いで折咲が大瀧に引き寄せられる。その顔に衝撃が走る。 大瀧の拳が折咲の頭を僅かに凹ませた。そのまま大瀧は怒りに身を任せて折咲を殴り続ける。 「もう手加減なんかしねえ!」 大瀧が怒りの全てを折咲にぶち撒ける。その間、斎藤は一瞬、長髪の折咲の表情に一瞬だけ変化が現れた時を見た。 長髪の折咲は大瀧に殴られながら、確かに、笑った。 「う…ん…。」 短髪の折咲が目を覚ます。そのことに斎藤けたが気付く。 「折咲さん、大丈夫なのか!?」 「う、うん。確かに刺されたと思ったんだけど…。」 不思議がる折咲の体から血は一滴も出ていなかった。 想定と事実が異なる。斎藤は先程の長髪の折咲の言葉を思い出した時、その口は相棒の名を叫んでいた。 「雁真!止めろ!」 言葉は届かず。大瀧雁真は止まらない。 「雁真!」 斎藤が大瀧の名を強く叫んだ時、突然に大瀧の体が後方へ吹き飛んだ。 「なっ!」 大瀧が斎藤と折咲の前に着地する。その時になって、斎藤は自分の能力に気付いた。 「そうか、そういう事か…。」 「何がそういう事だ!」 「雁真!聞け!千鶴ちゃんの様子を見ろ!」 大瀧が短髪の折咲を見る。その体に傷が無いことを理解するにつれて頭に上っていた血が元通りに体内を巡っていった。 「あれ、傷は…?」 「…無いの。確かに刺されたと思ったけど。」 「雁真、全部分かった。あいつの正体が、動機が。」 息を整える大瀧の横を通り過ぎて、斎藤が長髪の折咲に近付く。長髪の折咲も大瀧と同様に息を切らしていた。 「なぁ、お前の正体って…」 大瀧と折咲が斎藤を見る。斎藤が長髪の折咲を見つめながら『事実』を口にした。 「交通事故で死んだ『猫』なんだろ。」 長髪の折咲が目を見開く。斎藤が零した言葉を誰も拾えない。冷静が途端に混乱へと変わる。大瀧の怒号に似た大声が全てを代弁していた。 「おい!それどういう事だよ!」 「千鶴ちゃんの能力は眠っている時だけこの猫に体を貸す事。今までの殺人はこいつの千鶴ちゃんに対する独占欲が生んだものだ。」 長髪の折咲がその場に座り込む。その行為が全ての事実の肯定を示していた。
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