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「よろしくね、文」
「よろしくね、阿弥」
そんなオウム返しから、二人の時計は動き出した。
妖怪を恐れない人間と人間の情報を欲する妖怪の、歩幅の違う二人の時間が、この時からゆっくりと。
風の噂に聞くまでもなく、人里に居る阿礼乙女のことは有名であった。
転生を続け、一度見たものを忘れないという変わった人間。それに文が興味を持ったのは、本当になんとなくであった。
いつか会ったら話でもしてみたいななどと、随分と長いこと思い続けた。それこそ、確か5~6代目の辺りから。
けれど縁がなく、また会いに行こうというほどでもなく、遠くから見ることさえ文はしなかった。
そんなある日、木の葉の舞う風が緑の匂いを乗せる頃、稗田も八代目になって少し経った日のこと。
文が空を目的もなく飛び回っていると、身一つでお供も連れずに歩いていく一人の少女を発見した。
その物怖じない歩みっぷりが面白くなり、つい文はその少女を脅かしてみたくなった。それなので、わざと翼の音を立て、少し羽などを撒いてみながら少女のすぐ目の前へと降り立ってみた。
どんな反応をするだろうか。そうは思って少女の顔を見れば、少女は歩いていた時の笑顔のままであった。
見た目だけで言えば、文とは歳の離れた妹とでもいうような幼さ。実際に歳はどこまでも離れているが、それはそれ。
「こんな所を一人で歩いて、なかなか不用心ですね。天狗に浚われますよ」
少しキツ目の目線で、流すように睨んでみる。
すると、文をジッと見つめていた少女は、やがてにはっと破顔した。
「そんな日もあります」
良く判らない自信に満ちた良く判らない返答。つい文の方が面食らってしまった。
それから、途端に文はこの変な少女がむずむずと面白く感じてきて、にぃっと頬で笑った。
すると少女は文のことを頭から爪先まで眺め、ことさら微笑みながら問い掛ける。
「あなたは天狗ですね」
「あなたは人間ですね」
少女の言葉を聞いた直後に、文は被せるように言葉を投げる。
そしてまた、二人は笑い合う。
「初めまして。私は稗田阿弥と申します」
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