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文は軽く眩暈を覚えた。
袖を捲り、左手を突き出す少女。
痛みに泣くなら、まだ人の子らしい。そう思うと、噛み付いてやりたい衝動に駆られた。
しかし、天狗は吸血鬼じゃない。しくじれば本当に指を噛み千切りかねない。
悩む。この少女は里でも名の知れる稗田の主。不用意に怪我をさせるわけにはいかない。
それでも、それを判った上でのこの暴言ならと思うと、文には到底この少女を許せなかった。
ここまで誰かが自分を苛立たせたのは久しぶりだ。
そう思えば、胸が躍る。
文がそんな思案をしていると、阿弥は突然剥き出しの文の牙に自分の指を押し当てて、キュッと引いた。
文の口に、人の血の味が揺れた。
その血の味が染みるように、急速に冷めていく熱。理解が及ばず、頭がオーバーヒートしたかのような感覚。
ふと視線を上げれば、阿弥の顔は笑顔だが、少しだけ憂いを帯びた様に文には思えた。
阿弥はゆっくりと口を開く。
「そんな顔をしないで下さい」
それは先程と何ら変わらない笑顔の声。けれど何故か、とても胸を締める、悲鳴のようにも聞こえた。
「私は生きていたい。でも、あなたたちが私を殺すことは仕方のないことと判っています。転生を続け、個人を識別する記憶はほとんどありませんが、幻想郷の在り方も、妖怪の在り方も、憶えているつもりですから」
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