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皐月からポストカードが届いた。 これで何枚目だろう。離ればなれになって3年が経ち、その間1度もパリへは行っていない。 〈いい加減、遊びに来なさい!〉 そうだよね……。 本社勤務になって、山城くんとコンビを組み始めて、毎日忙しくしていたらあっという間だった。 仕事をしている間は、他のことを忘れることができて、会社が現実逃避する場所と化していた。 デスクから空を見上げると、青空に鱗雲がある。そして、その間を駆け抜けるように飛行機の跡が残っていた。 「なぁーに、ボーッとしてんの?」 「あ……ちょっと疲れたから。」 「分かる。ブルーライトは良くないからね。俺も空見よっと。」 専務から連絡を受けて、離席していた山城くんが戻ってきた。 一緒に行動するようになって1年が経つ頃、苗字+さん付けで呼び合うのはやめようという決まりが作られて、半ば強制的に私もくん付けで呼ぶことになった。 「明奈さん、ランチ行った?」 「まだ。山城くんは?」 「俺、いま専務と食べてきた。行っておいでよ、早いとこ。」 かなり砕けた雰囲気で話す私と山城くんのことを噂する火種はなかなか消えることはなく、かと言って本当に仕事仲間でしかないから、下手に反論することもなく、話だけが一人歩きしている状態だ。 「じゃあ、ちょっと出てくる。」 青空の下へ繰り出すと、爽やかな初夏の風が吹いている。 パリの初夏は、どんな感じなんだろう。 皐月に会うだけなら、気を咎めることなく行けばいい。 だけど、行ったら美馬さんに会えたらいいなと期待してしまう自分がいる。 もし会えなかったら、二度と会えない気がして……そんな気持ちに心が覆われていくのが怖いから、なかなか皐月には会いに行けていない。
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