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「……どうした?」
山城くんが、私の表情を見て声を掛けてきた。
「どうもしないよ?」
平静を装って無理やり微笑んだから、片方の口角がちゃんと上がらなかったと分かる。
数秒、私のことを見つめてから、デスクトップ画面に山城くんの視線は戻された。
どうもしないよ、なんて言ってみたものの、本当はものすごく動揺してる。
仕事が手に付かなくなるほど。
だけど、美馬さんが日本を発った日みたいに、仕事を投げ出すようなことはしたくない。
これは、当たり前のことだけど、この数年で確実に譲らないと決めたプライドだ。
私は、この仕事が好きで、この会社が好き。
そして、彼よりも仕事を選んだ。
それを投げ出したら私に何が残るのだろう。私は何を頑張ればいいのだろう。
だから、これ以上迷わないためにも、これだけは譲れないんだ。
それなのに動揺してしまうのは、やっぱり彼への想いが深いからだと思う。
PCの個人宛メールボックスが、未開封1通を示している。
〈今日、帰りにご飯どう?〉
山城くんからのお誘いメールだ。
このところ忙しくて、1人ご飯だった。
それに、こんな日は誰かと居たくなる。
美馬さんの代わりじゃなくて、1人でいたら泣いてしまいそうになるんだ。
〈OKです。待ち合わせは現地集合ね。お店、山城くんが決めていいよ。〉
〈りょーかい。帰りが近付いたらまた話そう。〉
そう言って、山城くんは専務と打ち合わせのためにフロアを出て行った。
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