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今日は雨か。
天気予報を観るまでもなく、俺は傘を持って出掛けた。
曇天のパリの街は、今朝も人が行き交うけれど、俺の会いたい人はこの空を突き抜けた先の、ずっと遠くにいる。
仕事は思っていた以上に順調だ。
楠も立派な一児の父となり、今じゃ俺に結婚の催促をするまでになった。
楠のくせに、生意気だ。だけど楠は俺より数倍しっかりしていると思う。
3年経っても結局迎えに行くことも出来ず、振られるのが怖くて手も足も出ない俺なんかよりも男らしい。
とっくに振られているのに、まだそれを認められないのは、気持ちを日本に置いてこなかったからだ。
「今日は午後外出して、そのまま直帰します。」
朝の部内MTGで予定変更を申し出た。
立場も変わって部下が増えた分、デスクにかじりつく時間は減った気もする。顧客と話したりアフターフォローをしたり色々とやる事があって忙しなく時は進んでくれる。
都合良く、進んでくれるんだ。
本当は忘れたくないくせに、諦めたくないくせに、どこからか無理だと悟った考えが忍び寄ってきて、無情にも時間を進める。
時が進めば、明奈との関係により空白ができて、思い出すことなんてなかったはずなのに、仕事で塗り潰されていくんだ。
その感覚が、悲しいほどに心地よく思えてきたのは、つい最近のことだ。
気持ちを自分で上塗りして、傷が塞がれていく感じがする。
自然治癒なんて、無理だと知ったのは、彩星さんに出会ったからだ。
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