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男性から携帯を受け取るその手が、少し躊躇したように見えた。
そして、男性が何かを話しているけれど受話口から聞こえなくて、口の動きも遠くて分かりにくい。だけど、明奈は穏やかに微笑んでから、小さく首を横に振った。
「もしもし。」
久しぶりに聞くその声は、何も変わっていない。
少し高めで、だけど嫌味のない落ち着いたトーンだ。
「久しぶり。涼です。」
忘れられていたらどうしようかと思ったけれど、俺がここにいることに気付いていない彼女は、手で口を覆う仕草をした。
「……もしもし?」
何も返されないことに不安を感じて、つい場を繋ぐために問いかけた。
「…美馬さん?」
「うん。久しぶりだね。」
「本当に?」
「本当って、何が?」
「本当に、美馬さんなの?」
「どうして?」
「だって……タイミングが良すぎるから……。」
一緒にいた男性が、明奈の肩に触れてから、離れて歩いていく。
覆ったままの口元は、微笑んでいるのかどうか表情が読み取りにくいけれど、聞こえてくる声は少し震えている気がする。
「私、いまパリにいます。」
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