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自然とメール画面を閉じて、履歴をスクロールさせる。
客先、部下、会社、上司、楠。
よく行くお店、宅配業者、タクシーの送迎予約。
そして、手塚 明奈という文字を見て、心が瞬時に苦しさを覚える。
いま、明奈と離れたら、もう次はないかもしれない。
「ちょっと休憩してくるね。」
携帯を耳に当てながら、隣のアシスタントに声を掛けて、俺はデスクを立った。
呼出音が続く間、話を切り出す台詞を考えてしまう。
頭で考えたって意味がないと分かっていても、冷静になるにはそれしか方法が浮かばなかった。
「……もしもし。」
またこの前みたいにあの男性が出たらどうしようかとも思っていたけれど、日本語で出たその声は紛れもなく明奈だ。
「涼です。」
「…はい。」
「……明奈、いま話せる?」
「あ……ちょっと待ってください。」
カタカタと明奈が動く音は、現実に今こうして繋がっていると感じさせる。
「お待たせしました。」
「まだパリにいる?」
「はい。明後日までいます。」
「会えるかな。」
ストレートに何の飾りも付けずに希望を声にしたら、こんなにも胸を打つんだ。
言葉を発した側なのに、会いたいと温めていた気持ちが声になって、相手に伝えることが出来ることが幸せだと思える。
「……会ってもらえますか?」
返ってきたのは、予想外の弱い台詞で、俺は固まってしまった。
「あの日、ついていくことを断った私と、また会ってもらえますか?」
俺が日本を発ったあの日から気持ちが動いていないように、明奈も同じなのかもしれない。
それが勝手な希望だとしても、思い描く未来に近付けるなら答えは1つだ。
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