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「…はい。」
私の返事を聞くと、彼はグラスをテーブルに置いて改まるように座り直した。
「後悔してたんだ、ずっと。どうしてあの日言わなかったんだろうって。」
話を切り出した彼は、真っ直ぐ私を見つめて、さらにどこか遠くへと気持ちを向ける視線を投げかけてくる。
「パリに戻ると言った時も、付き合い始めの頃も、いつでも言うタイミングはあったんだ。ただ俺の決心が足りなかっただけ。」
すぅっと、鼻で息を吸って穏やかな表情に戻った彼が微笑むから、自然と私もつられてしまう。
美馬さんの言いたかったことって何だろう。
私が期待しているようなことで合ってる?
急かしたりしたくないけれど、続きを早く知りたくて、間が持たなくなった私は、さっきまでの彼と同じようにワイングラスを傾けては手持ち無沙汰の片手に収めた。
「いま、決まった人はいるの?」
「決まった人?」
「明奈の気持ちを向けている人はいるの?」
言い方を変えた彼は、眉尻を少し下げて聞いてきた。
「……いません。」
「そっか……良かった。本当の気持ちを話すとね、俺はあの日からずっと想っていたんだ。こんなに切なくなるなら、連れてきてしまえば良かったと後悔した。でも明奈は仕事を選んだし、それが間違いだとも思わなくて……もし、また会えたら伝えようと決めていたんだ。」
「……はい。」
別れたあの日からずっと想われていたという事実が彼から聞けて、嬉しくて……短い返事の声でさえ、僅かに震えた。
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