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「その前に。」 彼はほんの少し意地悪な顔をして、テーブルを挟んで座る私を手招きした。 誘われるままに少し前のめりになって、彼に近付く。 待ち合わせをした時から気付いていた彼の香りは上品な爽やかさで、出会った頃から変わっていなかったから心のどこかでほっとした。 「明奈は、俺のこと想ってくれてた?忘れたりしなかったの?」 付き合っていたら、そんなこと聞かないでと言えたことなのかもしれないけれど、私の気持ちの行き先を知っているのは自分だけになったからだと思うと、今日までの日々が嫌でも思い出されて、涙腺を刺激してくる。 「私……ずっとずっと不安でした。見送りに行ったのにすれ違ってしまって、もう二度と会えないなら諦めようと心に決めた時もあったんです。……だけど、できなかった。思い出す日なんてなくて、毎日どんな時でも美馬さんのことを想っていました。」 泣きたくない。 だって、悲しくなんてないもの。 今はもう、悲しくなくなったんだから。 胸いっぱいに息を吸ったら、彼の香りで満たされていく感じがした。 「ずっとずっと、貴方のことだけを想っていました。」
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