~恋心~

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引っ越しが決まりました。それも遠く遠く離れた県外です。県内ならまだしもそんな遠くだなんて、私の両親は鬼なんでしょうか。 「だあってぇ、もっと自然豊かなところでお父さんとお花屋さんするのが夢だったんだもの!」 「母さんにいわれちゃあなぁ。父さんは母さんと一緒ならどこへでもついていくさ」 「いやあん! もう、アナタったらっ」 訂正します。私の両親は馬鹿のようです。 引っ越しは一週間後。もちろん転校もしなくちゃならない。寂しいな。大事な友達も沢山いるのに。未だにいちゃこらしている両親を放って、私は何となく家を出た。今日は日曜日。この町を出るのも来週の日曜日。いつもは待ち遠しい曜日なのに、今はとっても来て欲しくない。 そんなことを思いながらふとため息をつくと、前方から見知った顔が現れた。同級生で同じクラスの浩太郎(コウタロウ)。彼が連れているダックスフンドが私を見て一鳴きしたことで、彼も私の存在に気が付いた。 「あれ? 柚(ユズ)?」 学校以外で会ったのは初めてだったが、私は彼のダックスフンドだけ覚えがあった。リードがほどけたのか知らないが、何故かこの辺をうろうろしていたこの犬に二十分ほど追いかけ回されたことがある。あの時はおやつに買ったサラミを犠牲に死に物狂いで逃げたのだった。あの目の上の麿眉毛のような黒い模様。間違いない。なんて忌々しい。 「こんなとこで会うなんてな。なに? 家出?」 からかうような口調にムスッとしながら、私は麿(いま命名)の頭をしゃがんで撫でる。噛まれた。んだコイツ。 「家出じゃないよ。散歩。でもちょっとイライラしてる」 「あらま。喧嘩かよ」 「喧嘩っていうか、私んち引っ越すんだって。来週の日曜日。だから転校とか嫌だなあってさ」 気分が重たい。引っ越し。転校。実際に口に出したら現実味が溢れてしまい、なんだかふいに泣きそうになった。イライラというか悶々というか、なんだか上手く言い表せない感覚にやっぱりイライラし、麿の前足二本を掴んで持ち上げ、無理やり二本立ちさせようとしたら引っ掛かれた。超むかつく。 「そっか、来週か。俺ら今年はじめて同じクラスになったのに、短い付き合いだったなあ」 うんうんと頷く浩太郎。全然寂しがってなげだ。学校じゃまあまあ仲良いのになんて薄情なんだろう。
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