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もう日も暮れかけた頃、信爾(さねちか)は屋敷の離れへと向かっていた。
銀糸のような灰色の髪、精悍な顔立ちに鳶色の瞳。
その颯爽とした姿に、女房たちからため息が漏れる。
遠慮なく襖を開け放つと、小さな悲鳴とともに若い女房が袂を直し足早に逃げ出した。
「おやおや…せっかくの美しい蝶が逃げてしまったじゃないか」
低く甘い声で呟いたのは頼爾(よりちか)だ。
紫紺の直衣の胸元はしどけなく開き、肌が露出している。
艶やかな黒髪に翡翠の瞳。口許にはいつも皮肉めいた笑みが浮かぶ。
頼爾の言葉に信爾はあからさまに眉を潜め、ため息を吐く。
「またですか…全く、新入りの女房になど手を出さないでください。父上に叱られますよ?」
「父上ね…。お前は好きな女が不似合いだと言われれば諦めがつくのかい?」
「…っ、兄上は好きな相手がいささか多いようですが」
たしなめる信爾の口調に頼爾は朗らかに笑った。
「…で、君はなにをしにここへ?用がなければ私のところに来ないだろう?」
「ああ…その、少し相談があって…」
気まずそうにぼそぼそと呟くと、頼爾がさも珍しげにしげしげと見つめた。
「これは珍しい…気高い弟君から相談とは」
「っ!からかわれるのならもう二度と来ない!」
カッと頬を赤らめ踵を返すと、クツクツと低い笑い声が響いた。
「…からかうなど。私でお役に立てるなら、この身果てても尽くしましょう…」
およそ本心とは思えない台詞に辟易しつつ、諦めたようにまた頼爾に向き直りどっかりと座った。
「最近都で奇妙な事件が起きているのはご存知ですか?」
「奇妙…というと?」
「受領の娘が何者かに髪を切られたそうです。他にも何件か…未遂も合わせるとかなりの件数のようで」
「髪をねぇ…」
「ある者は夜道に人の気配もなく急に…かまいたちのようだった、とか…ある者は逃げていく男を見たとか」
「他に、共通点は?」
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