迷える月

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「…なぁんてね」 ぱっと悠羅が離れたので信爾はほっと息を吐いた。 悠羅の甘い香りと、吐息の感触だけが残った。 「あなたが一人前になったら、続きしてあげる」 追い討ちのように囁かれ、信爾は絶句した。 悠羅は楽しげにクスクス笑い、立ち上がってくるりと回った。美しい黒髪が揺れる。 「あれっ」 次の瞬間、悠羅はまた黒猫に戻っていた。 小さな鈴音を鳴らし、簀子を降りる。 「悩んでいるなら、山の麓に行ったらいいわ」 「え?山の麓?」 「そこに私たちの医者がいる。いろんな事を知っているから、教えてもらうといいわ」 そう言い残して猫はどこかへ行ってしまった。 「山の麓の医者…」 一人誰もいない部屋に向かって、信爾はそう繰り返した。
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