迷える月

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その場所は、絵巻物のように美しかった。 さらさらと清い水の流れる川、ほんのり薄桃に染まる花が咲いている。天気は良いのに薄く霧が出ている。 ふと振り返ると、先ほど来た道すら霧で覆われ見えなくなっていた。 「おや珍しい。客人ですか…」 落ち着いた低い声がして振り向くと、背の高い男が一人、庵から顔を出していた。 「あの…」 「ほう、君が噂の。…なるほどなるほど」 男はふむ、と頷き信爾の近くまで歩み寄った。 「…あ、あの…っ」 信爾が焦り声を出すと、男ははっと気づいたように顔を上げた。 「…これは失礼。とても珍しい気だったもので」 「気…?」 「私はご覧の通り目が見えないので、他の人よりもいろんな物が見えるのです」 長い前髪を掻き分け、虚ろな瞳を向けられる。信爾は戸惑った。 「何も畏れることはありませんよ。…これは代償だったのです。ここで医者をすることの」 「では…あなたが、山の麓の医者?」 「ええ、そうです。名は葭枇(あしび)。人と妖の中間、ですかね」 そう言って、葭枇は穏やかに笑った。 「私は、信爾と申します」 信爾も名乗り、頭を下げた。 「かの有名な陰陽頭のご子息…兄上もなかなかに有名ですよ。この界隈ではね」 「有名…?」 「それゆえに、命を狙う妖も多い。…あまり一人で歩かないほうが身のためですよ」
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