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「西園寺さんの気持ちは誰が見てもわかるくらいだったけど、俺は陽子ちゃんを見て思ったよ」
マスターは私達にカクテルを出しながら言った。
「嘘だよ」
私はそう言うと、亮と軽く乾杯をしてカクテルに口をつけた。
「本当だよ。この店は陽子ちゃんにとって特別な店でしょ」
マスターは余裕な顔をして言った。
この店に通い始めてしばらくたった頃、ほろ酔い気分でマスターに言った事を私は思い出した。
ここなら誰もいつもの私を知らないから、私は楽に過ごせる。
仕事をしている強いと思われている私が、本当の私ではないのかも知れない。
いつもへらへら笑っている明るいと思われている私が、本当の私ではないのかも知れない。
強かったり弱かったり、笑っていたり泣いていたり、その全てが本当の私だとしたらこの店だけがいつも本当の私でいられる場所だと思う。
私はマスターにそんな事を言ったのだ。
「陽子ちゃんが、その特別な店に連れてきた唯一の人が西園寺さんだからね。きっと西園寺さんの隣がこの店の代わりに、これから陽子ちゃんの楽な場所になるんだろうなと思ったよ」
マスターがそう言うと、亮は嬉しそうな顔をした。
「そこまで意識してなかったけど」
私は亮と始めて来た日の事を思い出して、呟くように言った。
「だからこそ、そう思ったんだよ」
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