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顔面に動揺を現しながらも
必死で平常心を装い、
ペコリと頭を下げて
その場から逃げるように退散する。
ドアに手をかけ、外に出ようとしたとき
後ろから声が追って来た。
深く暗い、
地獄から舞い上がってきたような、声。
「凌央分かっているな?」
その初老の問いに、
凌央と呼ばれた青年は
ほんの暫くの沈黙の後、
ドアの外に体を出し
振り向くことなく
「分かってます。」
と、短く答えドアを閉めた。
全てを封じるような
ドアが閉まる音がして一息つく。
そして、握り締めすぎて、
少しシワになってしまった資料に
目をやる。
そこに書かれている
人物の名前
玖宮 友妃
それを確認してから、凌央は
はぁ…とため息をついた。
空いている手で顔を覆う。
「……勘弁してくれよ…」
再び深くため息をついて、
こうはしていられないと、
凌央は長い廊下を早足で
歩きはじめた。
「もう俺は、俺じゃないのに…」
その言葉はまるで
この物語全てを調和する、
予期させる言葉のようだった。
そう。
彼は分かっていた。
これから起こる、悲しい…
物語を。
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