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「先生にも怖いモノがあるんですか?」
「そりゃお前、俺にだってあるさ」
小笠原はとても穏やかな声でそう答えた。
「なぁ、下川」
今までに聞いたこともないような弱々しい声であたしに語りかける。
「俺の頭ん中は患者のことで一杯だ。下手すると24時間ずっとで、どんなときでも最優先は患者だ。
そんなの俺にとっては当たり前のことで、他の誰かを優先するなんて考えたこともなかった。
どんなときでも優先されるべきは患者の命で、それは今でも変わらない。
だから自分を優先してほしいと喚くヤツがいたら、悪いがソイツは切り捨ててきた。
……たとえばそれが、俺が選んだ女でもだ」
その告白に胸がギュッとなる。
これから何を言われるのか想像できなくて、ただ彼に置いていかれそうな気がして。
あたしは一時でも離れないようにしがみつく腕に力を入れていた。
「だけど」
そこで言葉が途切れた。
次がなかなか出てこない。
「……だけど?」
恐る恐る促してみると、こぼれるように言葉が出てきた。
「お前は違うんだよ、下川。
俺のその優先順位を簡単に狂わせちまう」
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