ミッション兎

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 止まぬ五月雨、日差しは見えない。今日もあなたは、その道を行く。とても重い足取りで。二丁目の角を曲がり、坂を登りその建物の天辺が見えた時、あなたの口から漏れたのは溜息だった。  月曜日は大概の社会人、学生にとっては憂鬱な時であるが、あなたにしてみてもそれはやはり変わらない。否、自分の方が他の人間よりもずっと不幸である! と、あなたは心の中で叫んだ。  あなたが、この町に越してきたのは丁度、二か月前の事であった。近所に住む人達は皆、昔から親の世代から、ずっとここに住んでいるという者が多い。あなたが生まれるよりも前からここに住む人達にとって、あなたは余所者以外の何者でもない。  出来る事なら、あなたはこんな辺鄙な所に来たいとは思わなかった。とはいえ、こればかりは家庭の事情故に仕方がないと、あなたは割り切ってここまで来た。  長い坂をあなたは歩いた。傍を少年少女達が傘を差し列を成して通り過ぎていく。皆、あなたと同じ目的地へと向かっている。中には挨拶してくる者もいて、あなたは即座に笑顔で返す。どんなに凹んでいても、嫌な事があったすぐ後でも、爽やかな挨拶が返せる。それが、あなたの唯一の取り柄だった。  やたらと長い坂を乗り越えて、あなたはそこ――高等学校に辿りついた。白一色の建物で凸起のように真ん中あたりが飛び出ており、大きな時計が備えられている。8時ジャスト。これはまた、嫌味を言われるだろうなと、あなたは周りに誰もいない事を確認しつつ、溜息。地味に器用な事をしつつ、校門をくぐった。  あなたが通うそこは、市立の学校で、60年も前から存在するらしい。地域の住民の多くはここに進学するのだとか。それもその筈、ここは本土から離れた孤島。  地元から私立の高校、県立高校へ行こうとするならば、毎日船と電車を乗り継がなければならない。あるいは下宿させるか。高校生にして、早くも下宿生活……が出来るような者は少ないし、そもそも高校生を受け入れてくれるような所が少ない。  そんなこんなで、あなたは、なんとなくここでも肩身の狭さを感じるのであった。しかし、それについてイチイチ悩んでもいられない程、あなたの日常は波乱に富んでいた。
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