ミッション兎

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「おい! ノッポ!! あいつがまた暴れてる!!」  生徒の1人が階段を降りてくるなり、そう叫んで廊下を走ってくる。廊下を走るな、靴の底を踏むと危ない、そんな小言をあなたは言ってみたが、彼にはあまり効果が無かったようだった。 「うっさいなぁ、先公みたいな事言ってんじゃねーよ! そんなんだから、皆お前の事嫌いになるんだぜ」  あなたはそれについて反論したかったが、押し黙った。あいつとはどいつなのかと、その生徒に訊ねる。それよりも、この話しかけてきた生徒は誰だったか……確か芹沢だったな、とあなたは頭の中の名簿から引っ張り出した。 「あいつだよ! 芹沢!!」 ……小島だったな、とあなたは訂正する。隣のクラスの小島だった筈。しかし、自分の記憶力はまるであてにならないので、もう一度名簿を見直そうとあなたは思う。 「あいつ、家永の机を倒してさぁあ、今は家永を引き摺り倒してる所」  芹沢か、とあなたはようやく思い出す。普段は物静かで優しく、どこか頼りなさすら感じさせる風貌と言動の少年だ。しかし、それはあくまでも表向きの事だ。クラスメイトの多くは、彼が心身共に弱い人間だと思い込んでいるが、それは誤りだ。彼を虐める者は、その事にいつまでたっても気づかない。だから、こんな事件が毎度起こるのだ。  あなたは小島と一緒に、階段を駆けのぼり、廊下を早足で突っ切り、教室のドアを思いっきり開け放った。途端、飛翔してきた黒板消しがあなたの頭に直撃した。  パンといういい音を立てて、黒板消しは数秒、あなたの顔に張り付いていたが、やがて重力に引かれて落ちる。服は黒板消しから毀れたチョークの粉ですっかり汚れてしまっていた。  あなたは額に青筋を立て、唇をわなわな震わせて、教室に入った。なんで、いつもいつもこんな役回りなんだろうとあなたは思いつつ、黒板消しを投げつけた少年に歩み寄る。  その少年こそ、今朝の主役もとい、騒ぎの元である芹沢だ。背が低い小柄な少年だ――しかし。
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