十題噺(地獄の)

3/5
前へ
/20ページ
次へ
 確認してみると確かに遺体は綺麗さっぱり、抜け落ちた髪の毛を何本か残して消えていた。ピーターを始めとし館の者、館に招待された者全員がハリーがマシューを殺したのではと疑った。可哀想に。今日はハリーの誕生日パーティだと言うのに。このままでは彼のプレゼントの中身が銀色の手錠となりかねない。  それにしても、不可解な事ばかりだ。もう一周して考えるか? いや、もう一周したら13周目。きっとよくない事が起きる。  私が自転車で走るのを眺め続けるのに飽きたのか、ストーヴァー警部補が呆れの溜息をつきながら近づいてきた。 「エマヌエル? さてさて、もういいだろう? 犯人は弟のハリーだ。私もこれ以上警部を待たせるわけにはいかないし」 「なぜ、そう思うのですか?」反発ではなく、確認の為に聞いた。すると警部補は大袈裟に肩をすくめてみせた。そんなこともわからんのかというように。しかし、わからない。だから、答えを待つ。同じように肩を竦めて見せて。 「館のもんに聞いてみたのさ。弟のハリーは常日頃から兄のマシューに虐げられていたと。ちょっとしたことですぐにパニックになるハリーをマシューはいつも邪魔者扱いしていた、とな。常に暴言を吐いていたとの証言もある」  それは分かっている。館の人間にはもう全て聞いてあるから。兄のマシューは、彼の父と同じように映画制作で巨額の富を得ており、来週にはイギリスへ向けて船旅をする予定もあったらしい。代表作は『覇王と村娘』世界征服を目論む冷酷な覇王が平凡な村娘に恋する話だった気がする。CMを見ただけで観る気の失せる映画だったと思う。なぜ、これが売れるのだろうと。それはともかく、一躍有名人になった彼にとっての悩みの種、スキャンダルを食い物にする者達にとっての餌が弟のハリーだった。ちょっとした変化にも怯えるハリーは過去に一度だけテレビの取材を受けた事があり、生放送中にパニックになった事があると言う。その事もあってから兄のマシューは弟に酷い暴言をぶつけるようになったらしい。 「ええ、聞きましたよ。『お前なんざラマの糞程にも役に立たねぇ!』って。皆の前で弟を罵倒していました。ハリーがワイングラスを落としてパニックになったのがきっかけですが」 「そうだろうそうだろう」  警部補は満足げな笑顔が理解できない。むしろこれは不可解な事だというのに。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加