上洛

30/33
前へ
/282ページ
次へ
総司も千代子もただ黙って、 大福を口へと運んでいた。 「そうだ」 唐突に総司が声を出した 「僕、明日非番なんだ」 総司はなにかを思い付いたようで、 子供のような輝いた目で 千代子を見つめていた 「チコ、明日は外へ出よう」 逢い引きではないが、 総司からの二人で出掛けようという 誘いに、千代子も目を輝かせた。 「どこへいくんです?」 「それは明日になってから決めよう」 出掛けるとなると、 明日が急に楽しみになった。 千代子はまだ京の町並みを 散策したことがない。 この機会に地理をどうにか 頭に入れなくては 「色々なところを回りたいです!」 千代子が言うと、総司は 「もちろん、これを機会に京の町並みを 覚えてしまえばいい」 と答えた。 二人は幼馴染み同士、 考えがどこか似ている。 どうやら同じことを考えていたようだ 日が沈み、 広間からは いい匂いが総司の自室まで 流れてきていた あれから、千代子と総司は まだ談笑していた、 時が過ぎるのがとても早く感じ、 気がつけば とうに夕食の時間となっていた 二人は少し遅れて広間に向かう。 「今日の夕飯はなんだろう」 「楽しみですね」 匂いを嗅いで夕飯を 二人で予想しながら歩く。 どちらも既に空腹で、 今にも腹の虫が鳴き出しそうだった。 総司が 「チコ、酒は?」 と訊くと、 千代子は苦い顔をした。 「一度飲んだことがあるのですが...」 千代子は酒にあまりいい思い出がなかった 「そこまで弱いわけでもなく、むしろ 女にしては強いくらいで、少し調子にのって飲んでしまって....」 「それで?」 「飲みすぎたのか急に人が変わったように酔っ払ってしまったようで.....何があったかは覚えてないのです」 「ふうん、それはそれでなかなか気になるね」 「ただ、一緒に飲んだ方にはもう一生飲むなと言われました」 千代子は頭を抱えた、 時がたった今でも、 自分が何をしたのか解らないのだ じゃあ、今日は飲もう」 総司の言葉に、千代子は 「先程私が言ったこと 聞いてなかったんですか?」 思わず聞き返した。 「聞いていたよ、ただそこまで訊くと 僕でも気になる」 「......少しだけですよ、少しなら酔わないですし」 ため息をつきながら返す。 できれば飲みたくない千代子に対し、 飲ませたいし、 二人で酌を交わしたい総司 負けたのは千代子であった
/282ページ

最初のコメントを投稿しよう!

169人が本棚に入れています
本棚に追加