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前にも何度か来たことがあったこの山。改めて感じるが、昼と夜の表情は一変していて、雨風により針葉樹の木々が不気味に揺れて、一層怖さと虚しさを引き立てる。
由紀が居なくなってから二時間は経っただろうか、雨に濡れた衣服が梓の体温を奪い、体力の限界も感じ始めていた。
季節は夏と言っても、今の夜風は冷たい刃物となって身体に突き刺さる。
道はぬかるんで滑りやすくなっていた。歩き辛い場所を避けて通り続けていたら、いつの間にか道無き道を進んでいた。
完璧に迷った……。これはまずい。
このままだと寒さで死ぬ。とにかく雨が当たらないところへ……そう思って辺りを見回した。
すると前方に一本だけ突き出た木が目に留まった。暗くてよく見えなかったが、針葉樹林の中に、一本だけ大きな杉の木があった。
仕方がない。とりあえずあそこまで行こう……――
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