0,【序】

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「南方拠点に奇襲有り。敵陣営の猛攻により、拠点を奪われました」 雄叫びだけがうるさく響く、北クユルウェル地方山岳地帯。冬期になれば、獲物を狙う冬鴉(スノウクロウ)の甲高い鳴き声が、山岳地帯辺りそこら中を包み込むというのに、今日ばかりはまるで違った。 山ばかりのこの場所に流れる、広く幅広い運河は至るところ赤く染まり、広大な牧草は隅々まで蹂躙された。爆発により抉り取られた土塊(つちくれ)が散らばり、青々しい緑は生々しい赤に彩られた。 現在、戦争の真っ最中である。 「ひとつぐらい構わん。こちらの軍は東西南北四方全ての拠点を確保しているのだ。それも、囲うようにな。しかし、よりにもよって南とは。我が軍が北方から攻めているのを利用して退路でも奪取したつもりか。いやはやこれはこれは片腹痛い」 この憮然とした態度の大男は、北にある小国、リュヌクという国を治める、血気盛んな主である。まるまると肥えたその体躯を、ぶるんぶるんと揺らしながら指揮をとる姿はひどく滑稽で無粋だ。戦いの景観にそぐわない。
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