8.竜胆と千日紅

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床から伸びるのは人間の腕。 ゴツゴツとした無骨な手、細く華奢な手、しわくちゃな手に小さな紅葉のような手。 老若男女関係ないそれらは全て、赤黒く爛れ、斑点のような痣が散らばり、溝に手を突っ込んだかのように汚れている。 まるで海に漂う海藻のようにゆらゆらと揺れていた手は、逃げ出そうとするカタマリに我先にと絡みついた。 あっという間だった。 カタマリは何か叫ぶ暇もなく、手に引きずり込まれ床へと一気に消えていった。 それはまるで地獄へ落ちていくかのようで。 ハッとUを見ると、正解だとばかりに1つ、頷いてみせた。 『俺の他にも訴訟は山ほどあるって言ったろうが。あいつを恨んでいる奴は数えるのも馬鹿らしくなってくるほどいるし、さっきのはあいつに殺されて成仏も出来ずにただ憎しみだけで存在してる、哀れな死人だよ。自分も道連れでいいからとあいつを地獄へ引きずり込んだんだ』 馬鹿な奴らだ、全部忘れてしまえばいいのに。 そう言ったUはゆっくりと目を細め、沈んだロープの先に視線を滑らせた。 「U……人…こと……言う…ない!」 『………ははっ、流石水門家ってとこか。いつ気づいた?』 「……さっき…」 ギリ、と歯噛みする俺に、Uはへぇと気のない返事をした。 おそらくUはさっきの恐ろしい手と同じなのだ。 交通事故死だと言っていたが、もしそうならUと関係ない桐生家の島に縛られていた理由がない。 当時のカタマリの指示によって「轢き殺され」、死体をあの島に埋められたのではないか。 そう考えると全てに説明がつく。 島ではなく自分の死体に縛られていたなら行動範囲が制限されても仕方ない。 殺されたならカタマリへの憎しみで幽霊となるだろうし、りーにとり憑いて復讐の機会を伺っていたのだろう。
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