天国に一番近い場所

29/44
前へ
/592ページ
次へ
俺が居た精神疾患専門舎房 (断っておくが俺は まともだと自負している) の廊下は細長く、その突き当た りに鉄格子のついたドアが あった。 遠く、鉄格子を透かして花壇が 見える。 燦々と輝く陽射しを受けて、 赤や黄の花々がもうじき訪れる 冬の前に最後の抵抗といわん ばかりの如く咲き乱れていた。 俺の房の窓からも、四角く刈り 込まれた植木が見え、そこに 監獄内では珍しく二匹の猫が 住みついていた。 黒猫と白猫だ。 この二匹の猫を窓からボンヤリ と見守りながら過ごしている のが俺の至福の時間だった。 この二匹の猫達を俺は実家に いる二匹の猫、チビとミイと 見立てていたからだ。 「チビとミイが 近くでじゃれあっている」 そんな微笑ましい気持ちで二匹 の猫達を見守っていた。 見つかったら懲罰だが、残して おいた食事を窓越しから投げて やった。 二匹が争って残飯を食べる。 思わず俺は笑顔になってその 様子を眺めていると、 廊下からナースや看護夫の声が 聞こえてきた。 「‥‥あいつは もう病院送りかなぁ」 『あっちの病棟で また昨日死にましたねえ』 こんな会話は八王子医療刑務所 では〈日常的〉な会話だ。
/592ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6153人が本棚に入れています
本棚に追加