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彼女の言葉に、僕はふむと軽く頷く。
出来る人には出来ない人の気持ちが分からない。
それは言われてみれば当然の話であるし、実際に僕はそれを数日間に渡り体験してきた。後付けされた天才達は、確かに凡人の気持ちなど分かってはいなかった。
しかし、同様に出来ない人には出来る人の気持ちなど理解出来ないということもまた事実なのである。
才能が産み落とす悲劇というものを凡人は見ようとしない。その良い面だけを限定的に見て、時に敬い、時に羨み、時に疎む。
他人に出来ない事がなまじ出来てしまうばかりに、その苦痛を理解してもらう事が出来ない。
だから──
だから、世間から隔絶された洋館で過ごしたあの悪夢のような日々を、僕だけは覚えていようと思う。
「……ムカつく」
不意に、彼女がそんな事を言った。今まで弄っていたガムシロップの容器を親指と人差し指でぎゅっと潰す。
「ムカつくって……僕が今何か悪い事言ったか?」
「今、恋する乙女の顔をしてました。なんかムカつきます」
ふいとそっぽを向いて、彼女は此方を見ようとしない。僕は訳が分からず、とりあえず溜息をつく。
「僕は乙女じゃないし、恋なんかしちゃいない。それにどうしてそんな事に君が腹を立てるんだよ」
「……さぁ、どうしてでしょう」
そうとだけ答えた彼女はアイスティーを少しだけ口に含み、喉を潤す。
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