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「それはそうと」
雑談は終わり。本題はこれからだと言うように、彼女は僕の方へと向き直った。その澄んだ両の瞳が僕を中心へ見据える。
これはマズいと思った僕は無理矢理に話題を変えるため口を開こうとするが、彼女はそれを掌を此方に向ける事で制した。
「この五日間──貴方は一体、何処で何をしていたんですか?」
核心を突くその言葉。僕は思わず押し黙った。暫くの間、まばらに見える他の客達の会話と天井のファンが空気を掻き混ぜる音だけが店内を支配する。
何処で何があったかなんて言える訳がない。訊かれたからといって簡単に語る事が許される話ではない。
その事実を聞いてただで済む話でも──ない。
軽はずみに話して、巻き込まれて、何か起こってからでは遅いのだ。
万が一そんな事態になれば、僕は自分自身を許す事が出来ないだろう。
無論それは彼女に限った話ではなく、他の誰に対しても僕は何ひとつ語るつもりはない。
誰にも語らず、巻き込まず。
しかし僕だけはこの事を深く胸に焼き付けて生きてゆくのだ。
僕が見た、才能が生んだ悲劇というものを──
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