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─ 1 ─
人工の光が存在しない山道は夕方まで降り続いた雨でぬかるみ、その水溜まりが低い位置にある月の光を反射してきらきらと煌めいていた。
泥が靴の裏にまとわりつく不快な感触を適当にあしらいながら、僕は黙々と歩を進める。
舗装のなされていない荒れた道の両側には、少しでも足を踏み入れれば戻って来られなくなるのではないかと思わせる樹海が広がっていた。人間を拒絶し、自然だけが堂々たる姿でそこに在る。
人の気配が全くない場所はあまり好きになれない。たとえそうしたくなかったとしても、色々な事を考えてしまうから。
思い出して──しまうから。
「まぁ、たとえ人混みの中に立っていたところで、忘れられるような事でもないんだけど」
僕は一人そんな事を呟く。独り言と爪を噛む事は自覚していても直すことの出来ない幼少期からの悪癖だった。
「幼少期──ね」
考えたくなくても考えてしまうのなら、いっそ諦めて思考してみるのも悪くないかもしれない。そう思った僕は、まず始めに今まさに向かっている場所について頭の中にまとめてみる。
淀ヶ原研究所分館。
そこはなんとか山脈なんとか岳の中腹に位置し、“二十世紀最後の科学者”と謳われた淀ヶ原 与一(ヨドガハラ ヨイチ)博士を創設者とする私営研究所の分館だった。
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