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美里は立ち上がり、所長に一礼して部屋を出た。廊下へ出ると窓から強烈な陽光が差し込んで、一瞬目がくらみそうになった。まだ梅雨は明けていないが、時折雲間から降り注ぐ太陽は既に夏のそれだった。
美里はとりあえず宿泊先のビジネスホテルへ戻り、部屋のベッドの上にバッグを叩きつけるように放り投げた。そして思わず「チクショウ!」と、はしたない言葉を吐いてしまった。
まずシャワーでもと思って浴室のドアを開けた瞬間、そこに人影を見て体が固まってしまった。部屋のドアの鍵は自分で開けたから、清掃に来たホテルの従業員とかではあり得ない。なら強盗?
悲鳴を上げようとした美里の肩を片手でつかみ、その男は持っていたタオルで彼女の口をふさぐ。悲鳴どころかうめき声も出せない。二十代後半ぐらいの若い男。比較的細身で、しかし筋肉が異常に発達した腕だ。それは信じられない程強い力で、かつ無駄のない押さえつけ方だった。
美里は直感した。これは格闘技か何かを身に付けた者の動作だ。ただの強盗ではない。その男は美里の耳元に唇を近付け低い小声で言った。
「静かに。おとなしくしていれば危害は加えない、約束する。共和国の同胞のために、君の力を貸して欲しいだけなんだ」
美里は驚愕のあまり悲鳴どころか、抵抗のために手足を動かす事も忘れた。その男のしゃべった言葉は日本語ではなかった。朝鮮語、それも独特の語彙と発音から、韓国語ではなく北朝鮮人が使う言葉だ。
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