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約束の時間を30分過ぎていた――。
「和樹――っ!」
ロビーに戻ると、汗だくで螺旋階段を駆け下りてきた九条さんが僕の名を呼んだ。
「どこにいたんだよ?」
長い手が伸びて。
人目もはばからず、力いっぱい僕を抱きしめる。
その手はかすかに震えていて、僕は彼を安心させるようにそっと背中をさすった。
「遅れてごめん。酔ったの。船にもシャンパンにも――」
「浴びるほど飲んだの?」
九条さんはハンカチを取り出して、シャンパンに濡れた僕の髪を呆れ顔で拭ってくれる。
「君がいないから――」
僕はきっと
「淋しかったんだ」
うまく笑えてはいない――。
九条さんに気づかれないよう顔を伏せ、僕はそっと身を預けた。
「言っただろう?いちばん起こって欲しくないことを考えるって――」
少し怒ったような低い声。
「君がもう戻ってこないんじゃないかと思った」
かすかに髪に触れる口づけ。
「海の上だよ――消えたら魔術師だ」
僕の冗談にようやく九条さんの口元が綻ぶ。
「どうしてだろう――君の前じゃ少しの間も冷静ではいられない」
それこそ征司が言ったとおり
彼も盲目な証拠かもしれない――。
九条さんの胸元で携帯が鳴った。
「中川さんだ」
「こんな時間に?」
僕は携帯を受け取った。
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