episode 16 蜜月

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約束の時間を30分過ぎていた――。 「和樹――っ!」 ロビーに戻ると、汗だくで螺旋階段を駆け下りてきた九条さんが僕の名を呼んだ。 「どこにいたんだよ?」 長い手が伸びて。 人目もはばからず、力いっぱい僕を抱きしめる。 その手はかすかに震えていて、僕は彼を安心させるようにそっと背中をさすった。 「遅れてごめん。酔ったの。船にもシャンパンにも――」 「浴びるほど飲んだの?」 九条さんはハンカチを取り出して、シャンパンに濡れた僕の髪を呆れ顔で拭ってくれる。 「君がいないから――」 僕はきっと 「淋しかったんだ」 うまく笑えてはいない――。 九条さんに気づかれないよう顔を伏せ、僕はそっと身を預けた。 「言っただろう?いちばん起こって欲しくないことを考えるって――」 少し怒ったような低い声。 「君がもう戻ってこないんじゃないかと思った」 かすかに髪に触れる口づけ。 「海の上だよ――消えたら魔術師だ」 僕の冗談にようやく九条さんの口元が綻ぶ。 「どうしてだろう――君の前じゃ少しの間も冷静ではいられない」 それこそ征司が言ったとおり 彼も盲目な証拠かもしれない――。 九条さんの胸元で携帯が鳴った。 「中川さんだ」 「こんな時間に?」 僕は携帯を受け取った。
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