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「船の中で何かあったんだろう?」
静かに僕を抱きとめると、九条さんは核心に迫る。
「船の中に」
僕は仕方なく口を割る。
「――征司お兄様がいた」
僕を抱きしめる身体が一瞬、強張る。
「大丈夫、何もされてない――ただ」
「ただ?」
危ないのは
君の方だ――。
「一度家に戻って来いって。君に言うと余計な心配するだろ?だから……」
「僕が寝ている隙に逃げ出そうとした?」
真実だけを求める彼の瞳に、僕の浮ついた嘘など通用しない。
「変だな、僕は嘘がうまいのに」
僕は観念して肩をすくめる。
「和樹――」
九条さんはいつもみたいに笑わない。
「君が今までどれだけ嘘を重ねてきたかは知らないけど、僕は騙されない。どんな時も君だけを見てるから」
その代わり、皮膚を破って心に突き刺さりそうな視線を僕に向ける。
「分かるね?」
僕の心臓をトントンとノックするその手を――。
僕は衝動的に握ってしまいそうになる。
「僕といたら――あなたは不幸になります」
本当は突き放さなくちゃいけないって分かっているのに――。
そんな不穏な言葉に重ねて、九条さんは笑い声を漏らした。
「何が不幸かは僕が決めるよ」
すべてを理解してなお
力強く僕を抱きしめて――。
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