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「中川でございます――」
耳に心地よい老執事の声がして。
「なんだ。おまえ僕に直々に連絡は出来ないと言ったじゃないか」
僕は話も聞かず、理不尽な怒りをぶつける。
「だからわざわざ薫お兄様のところまで足を伸ばしたのに――」
そのおかげでいらぬ所で征司に出くわし、九条さんとの間もこじれるところだった。
そして結果的に――。
僕は愛の重さを持て余している。
「大変申し訳ございません」
出来のいい執事はたちの悪い主の扱いを習得していて、一通り文句を聞き入れたところで深く腰を折るように詫びた。
「しかしながら坊ちゃま、今回のお電話は少し意味合いが違います」
「――なに?」
中川の声から、自分の意思で電話をかけてきたわけではないというニュアンスが聞き取れた。
「後ろに――征司お兄様がいるの?」
「いえ……」
言いよどむ。
「じゃあ……」
人間の第六感というやつだ。
「まさか……!」
受話器の向こう側。
薄絹のローブを羽織って長い髪を結い上げる妖女の姿が浮かび上がる。
肉感的な桃色の唇が、かすかにほころびる音さえ聞こえるようだった。
「貴恵お嬢様のご命令で――お電話致しております」
中川が憔悴しきった声で言った。
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