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「明日、中川に会って来るよ。夜には必ず戻るから心配しないでね」
僕は疲れ果てた恋人に
小さな嘘をついた。
小さな嘘。
だけどこの事態を収拾するかもしれない――もしくはもっと悪くするかもしれない嘘。
「そう。気をつけてね――それと」
九条さんはネクタイを緩めた手でそのまま僕を後ろから抱きすくめた。
「束縛してごめん――」
柔らかい猫毛が僕の頬にそっと触れる。
「愛する人を束縛するなんて自分に自信がない証拠だって分かってる」
彼は常に完璧な
ミスター・パーフェクト。
「いいんだよ、僕なんかに謝らなくて」
だから小さな嘘でも
胸に重くのしかかる。
「そうはいかない。君が不快な思いをしているなら、僕は本当は――」
その続きは――分かってる。
「僕を自由にしなければいけないと?」
そうまさに。
僕をここに捕らえている事
それがすべての元凶なんだ――。
「ねえ、九条さん」
「ん?」
「どうしようもなくなったら僕から言うよ」
首に回された彼の両腕を、僕はゆっくりと撫で上げた。
「その時はどうか僕を行かせてね――」
返事はない。
その代わりに
「言わないで――それ以上何も」
彼は僕の唇に血の気のない冷たいキスを落とした。
僕は明日、貴恵と会う。
女王は名指しで僕を召集してきた。
愛する婚約者を奪った僕を、最も憎んでいる人物にして。
皮肉にも今の九条さんを救える唯一の存在――。
姉上が一体何を企んでいるのか
まさに神のみぞ知る、だ――。
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