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指定された場所へリムジンを向かわせる。
貸切の美術館は、当然ながら閑散として不気味な静寂に包まれていた。
木陰の螺旋階段を上り扉をくぐると――。
黄金に輝くクリムトの絵の前に立つ貴恵を見つけた。
「貴恵お姉様、ごきげんよう」
長くウエーブがかかった豊かな黒髪が振り返る。
ブラックドレスの胸元に、虹色に輝くオパールのネックレス。
「お久しぶりね、和樹」
僕は差し出された白い手に、そっと口づけた。
「相変わらず、お美しい」
往年のシネマ女優を思わせる正統な美しさは、パリに行って極められたようだ。
「あなたもますます妖艶ね――。九条さんはお元気?」
意味深に微笑んで、貴恵は僕を促し回廊を歩き出した。
「いいえ。どんな事態か――もうご存知でしょう?」
「あら、嫌味に聞こえたかしら?」
「まさか。少なくともまあ、僕と一緒の時はお幸せそうです――」
無言で絵画に見入っていた貴恵が、くすりと笑った。
「素直さが命取りになることもあるから気をつけなさいね、和樹」
「――覚えておきます」
僕はレディに一礼し、半歩下がってついて行く。
その場のすべてを
完璧に仕立てるかのように
細いハイヒールの踵が鳴り
ほのかにエルメスの香水が香った――。
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