episode 18 クイーンの憂鬱 ①

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一通り展示物を見て回ると、僕らは美術館に隣接されたカフェに向かい合って座った。 ガラス張りの店内は、まぶしすぎるほどに光が差し込む。 壁を伝う緑の蔦がレトロなだまし絵のように美しかった。 「ねえ和樹、もうワンサイズ小さ目のシャツを選んだ方がいいわ」 唐突に貴恵が言った。 「マニッシュな女の子みたい」 「分かってます。これは――借り物なので」 袖をいくつか折り返したオーバーサイズのシャツは、姉がかつて愛した人の物だ。 「まあ、我が目を疑うわね」 気まずい――でも。 正直、貴恵がどんな顔するか見たくなかったと言えば嘘になる。 「それを言うなら――僕らが2人で向かい合ってお茶を飲んでるなんて。それこそ奇跡です」 貴恵は眉ひとつ動かさず、ティーカップを傾けた。 「ところであなた、いつからハーブティーなんて飲むようになったの?」 「カフェインは貧血に良くないと――」 そこまで言って僕は言いよどむ。 「医者が……」 「医者?」 「いえ……彼が」 他に客もなく、BGMすらない静けさが今はいたたまれない。 「でしょうね。あなた医者の言うことなんて聞く人間じゃないものね」 不機嫌ですらない貴恵がむしろ不気味で、僕は辟易する。
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