episode 18 クイーンの憂鬱 ①

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「医者と言えば、薫は元気にしているの?見舞って来たんでしょう?」 見舞ったと言えば聞こえはいいけれど――。 「相変わらずです。薫お兄様は心を病んでるわけじゃない。屈折こそ彼の正しい姿なだけで――」 「そうかもしれないわね。にしてもあなたたち――夏はずいぶん楽しんだみたいね」 「ご存知なの?」 「それはもう」 レモンパイの端を削り、貴恵は淡雪のようなメレンゲを口に運んだ。 「だって征司に執事見習いの彼を紹介したのは私だもの」 「なるほど」 「まさか屋敷が燃えかけるなんて思ってもいなかったけれど」 優雅な指先は一口ケーキを運んだだけで、金色のフォークを皿に返してしまった。 どうやら女王様のお口には合わなかったみたいだ。 「それにしてもお姉様、今日はだいぶ遠回りなさるんですね?」 僕の声音は幾分柔らかく、あたりに響いた。 「遠回り?」 「なかなか本題に入られないから」 故意なのか。 それとも演出なのか――。 「まさか僕に世間話の相手をさせようなんて、思ってらっしゃらないでしょう?」 憂いある目が遠くを見つめ 深海にもぐるような 深いため息をつく。 「和樹、灰皿をもらってちょうだい」 「今の日本じゃどこも禁煙が主流ですよ」 「いいでしょう?貸切なんだから」 言い終わらないうちに、貴恵は細い巻きタバコに火をつけた。 僕は仕方なく、左手を上げてボーイを呼んだ。
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