episode 19 クイーンの憂鬱②

2/12
前へ
/316ページ
次へ
「こんなことして叱られないの?」 ホテルのメインレストランの鍵を開け、九条さんは僕を招き入れた。 「――僕が?たとえ冷蔵庫の中の物を全部食べきったって、誰も僕を叱ったりは出来ない」 「悪い経営者」 キャンドルを灯したカウンターキッチン。 九条さんがフィレ肉をフランベする。 「料理も出来るの?」 頬杖をついたまま、僕は美しい料理人に見とれた。 「まあ、必要最低限ね」 「必要最低限でフランベなんかしないよ」 青い炎の向こうで、九条さんが肩をすくめた。 「ホテルがダメになったら、料理人になろうかな」 こんな時だから、完全な冗談には聞こえない。 「そうだね。オープンキッチンにしたら流行るよ。いい眺めだもの」 僕はポートワインを口に運んで軽く受け流した。 「君がギャルソンなら完璧」 「嘘でしょ?僕に料理を運ばせるつもり?」 「まさか――僕の観賞用」 繊細な手つきでソースをかけ終えると、九条さんはカウンター越しに料理を並べた。 「ブラボー。ねえ、君に出来ないことって何さ?」 完璧な仕上がり。 「食べてから言ってよ」 照れ笑いしながら、九条さんが僕の隣に座った。 ワイングラスを重ねる。 料理を口に運ぶより先に 「今日はどうだったの?」 九条さんが僕に尋ねた。
/316ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3530人が本棚に入れています
本棚に追加