episode 19 クイーンの憂鬱②

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天宮の屋敷に戻る――。 使用人たちがざわめいた。 水をやりたての青々した芝生を横切り、見慣れたテラス席へ向かう。 ブランチの最中だ。 「和樹坊ちゃま……!」 中川は紅茶ポットを落としかけ、慌てて持ち直す。 「おや、薄汚い迷い猫が――」 英字新聞を広げていた征司が、朝帰りの娘を咎める父親のような目で僕を見やると言った。 「ごきげんよう、和樹」 けだるげに現れたローブ姿の貴恵の座席に、メイドが慌てて白いパラソルを立てる。 「ごきげんよう、征司お兄様、貴恵お姉様」 僕は何事もなかったかのように、慣れ親しんだ自分の席に座った。 沈黙――。 中川は素早く僕の分のテーブルセッティングをすると、機転を利かせて音楽を奏でさせた。 とってつけたようなエルガーの朝の歌。 歯の浮いたような優雅な朝の始まりだ。 紅茶のおかわりを注ごうとする中川の手を征司が押しとどめる。 「もういい――安物の香水の移り香が鼻につく」 白いナプキンをテーブルに放り投げると、僕をねめつけて席を立った。
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