3530人が本棚に入れています
本棚に追加
翌日――。
「いいこと?そこに隠れて見ていなさい。彼の本性を――」
天宮の家のはなれに秘密の応接室がある。
僕は貴恵に促されるまま、たっぷりとしたカーテンのドレープに身を隠した。
子供の頃――。
僕ら兄弟はここで密談するお父様の様子を、カーテンの裏から覗き見てはスリルを楽しんでいた。
時にそれは、見知らぬ女性との密会になることもあって刺激的だった。
「なんだか懐かしいよ」
今もカーテンの同じ場所に、僕らがあけた小さな覗き穴が残っている。
「静かに――」
貴恵が声を潜めると同時、扉をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
僕は身体を小さくして、九条さんの登場を待った。
「――失礼します」
先日まで僕の耳元に囁いていた低く甘い声音に、胸がトクンと高鳴る。
小指の先ほどの小さな覗き穴から。
僕は息を凝らして彼の端正な横顔を見つめた。
こんなところに僕がいるなんて――。
もちろん彼は露ほども疑ってはいない。
「突然お呼び立てして申し訳ありません。さあどうぞ」
「お久しぶりです、貴恵さん――」
フォーマルなスーツに身を包んだ九条さんは促されるままソファーに腰掛けた。
大人になってまで僕がこんな悪趣味な事をするには理由があった。
貴恵のことを全面的に信用してはいなかったし。
生まれてこの方、猜疑心のかたまりのような僕は――。
何より
自分の目と耳で
彼の本心を知りたかった――。
最初のコメントを投稿しよう!