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「この度はお取り計らい頂いて、心から感謝します」
九条さんが貴恵に深く頭を下げる。
「いいえ。どうやら兄弟の醜い諍いにあなたを巻き込んでしまったようです。私からお詫びを」
女優がそっと九条さんの手に触れる。
「とんでもない――」
九条さんの顔が思いのほか晴れやかなのは、ホテルが救われると知ったからだと――。
僕は疑わなかった。
「株式を譲渡する前に――ひとつ確認させていただきたいの」
「なんでしょう?」
僕は多分
これっぽちも疑っていなかった。
「先日、突然弟が戻ってきましたの。もう貴方にはお会いしないと。本当の事かしら?」
「――お騒がせして申し訳ありません」
「いえ、私はいいんです。恋愛は個人の自由と心得ていますもの。でもお互いお家の世間体も考えなければならないでしょう?」
「――はい。ごもっともです」
九条さんは僕がどんなことをしたって
許してくれるって。
僕と何かを天秤に賭けることなんてないって。
「――しかしもう終わった事です」
こんなにも信じていたんだ。
「終わった?」
「はい」
彼の口元に浮かんだ微笑みに
僕の天国は崩れ落ちた。
「ですからこの件はどうかご内密に――」
あの美しい唇は
僕への愛しか語らないって。
「商談に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」
僕は今の今まで
信じていたんだ――。
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