episode 19 クイーンの憂鬱②

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九条さんがホテルの権利を取り戻し 悠々と部屋を出て行く姿を 僕はカーテンの後ろに隠れたまま見送った――。 カーテンを捲くられて貴恵に青い顔を見られるより先に、僕は襟を正して飛び出した。 「本当だ。試す価値はあった――」 肩をすくめ、自嘲気に笑ってみせる。 「残念だったわね」 「僕がフラれて、少しは憂鬱な心が晴れましたか?」 アイラインに囲まれた深い黒目は何を考えているのか分からない。 ただ退屈に変わりないようで 「用も済んだことだし、2、3日中にはフランスへ戻るわ」 乾いた声で告げた。 「あなたはどうするの――?」 部屋を去り際、タイトなヒップラインを僕に向けたまま、貴恵は興味なさそうに聞いた。 「僕――?」 九条さんは若きホテル王に返り咲き、貴恵はパリの生活へと戻る。 征司は僕が屋敷に戻った事で――正直もう九条グループの買収になんて何の興味もないだろう。 一時の悪い白昼夢を見た後のように 日常は元あった形を取り戻すだけ。 「僕は何も――」 僕は 愛なんてわずらわしい温もりを 忘れ去るだけ。 「しいて言うならすべて元通りになっただけです」 「私、余計な事したかしら?」 「やめてください。思ってもないくせに――」 僕は貴恵の先を越し部屋を出た。
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