episode 21 ガーデンウエディング

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沈黙は金なんて言葉、拓海の辞書にはないみたい。 「そうだよ、俺はずっと家を継ぐ兄貴が羨ましかった。弟だと言うだけでどんなに才能があろうが、どんなに努力しようが手に入らない跡継ぎという肩書き。喉から手が出るほど欲しかったよ」 彼はまだ敵か味方か分からない僕に向かって、つらつらと心の丈を語りだした。 「なのにさ、兄貴はつまらない愛のためにそいつをポンと捨てやがった。それだけじゃない――あいつ、俺がずっと九条の家を継ぎたがってたの――きっと分かっててやったんだ」 たしかに繊細で人一倍まわりを気遣う九条さんがやりそうな事だ。 腕を組み合わせ祈るような形で、拓海が深く息を吐く。 「それでね、俺ようやく気づいたんだ」 秋の高い空に吸い込まれるような遠い目をして 「俺が欲しかったのは――跡継ぎの肩書きでも九条グループでもなかったんだって」 告白する――。 「ただ兄貴が手にするものが欲しかっただけだって――」 突然。 すべてが冗談だったように笑うと 「俺だってできる事なら天宮の人間になりたいよ」 拓海は悪戯に囁いた。 「何考えてるの?」 「だってさ」 呆れて取り合わない僕に向かって、悪びれず言葉を継ぐ。 「天宮の婿養子になれば九条グループなんか比じゃない、大財閥の跡取りになるチャンスがあるわけだろ?」 「ふーん」 「ふーんって、考えてもみなかったこと?」 僕は顎に手を当てたまま、恋人によく似た拓海の薄い唇を見据えた。 僕は常に台風の目の中にいたから あまりにも単純明快な事を 見逃していたのかもしれない――。
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