episode 22 惑わし

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ひとしきり笑うと九条さんは言った。 「貴恵とは寝てないよ」 本当はそれが、僕が一番知りたかった事だって分かってるんだ――。 「彼女が言ったの。しばらくは肉体関係なんて考えられないって――きっと君と僕の事許してないんだ。だから夕べも別の部屋で寝た」 「そう」 「安心した?」 「まあね」 感情の問題という面では――。 「ねえ九条さん」 「ん?」 「本当のところ貴恵お姉様はさ、あなたを愛してると思う?」 九条さんは僕の指先を手の中で弄びながら、困惑気味に首を傾げる。 「あのさ……笑わないでね」 「なあに?」 「正直、君に夢中になりすぎてて――今の僕には他の事が何も見えてないんだよ」 九条さんは恥ずかしそうに髪をかき上げると告白した。 「でなきゃ、僕が結婚してこの家にいるなんてありえないでしょ?」 「――可愛い人」 背を向けて笑いをかみ殺す僕を後ろから抱きすくめる。 「笑わないでって言ったでしょう」 九条さんはそのままそっと首筋に舌をはわせた。 「あっ……ダメ……」 慣れ親しんだ香水がほのかに香って――僕は自然と目を閉じる。 「僕だって君の弱いところ知ってるんだよ?」 耳まで上って、快感の手前で九条さんは品良く身を引く。 「だけどそろそろ行かなくちゃ。みんなお待ちかねだ――」 僕の衣服を整え、完全な紳士の顔に戻ると 「さあ、先に出て」 言った――。
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