3530人が本棚に入れています
本棚に追加
中川が静かに紅茶を注いで回る中。
「あのね」
貴恵が甘い声音で口火を切った。
「私まだ学生だし、結婚してからも当分この屋敷に住もうと思うの」
僕と顔を合わせた拓海が肩をすくめた。
「敬さんはお仕事もあるし、天宮の屋敷とホテルを行ったり来たりすることになるけど構わない?」
「――構わないよ」
九条さんは快諾した。
「むしろ好都合」
薫が口端を上げると、小さく笑った。
「あのね、お父様はそうしてもいいとおっしゃてるから、本来貴方たちの意見を聞く必要なんてないんだけど一応聞いてあげる。反対の人は?」
戦闘態勢。
鎧を身につけたジャンヌ・ダルクは男たちにたちまち剣先を向けた。
「突然パリに行ったかと思えば今度はこれだ」
薫が呆れ返った顔して息を吐く。
「何よ、反対なの薫?」
「いいえ。反対なんてめっそうもない。それに姉さんの耳はジュエリーを飾るためだけの物でしょう?」
「何が言いたいの?」
「人の意見なんてはなから聞かない耳」
薫はバイオリンケースを手に立ち上がり、すれ違いざまからかうように貴恵の耳たぶに触れた。
「行ってきます」
「いいわ。貴方たちは?」
貴恵は眉間に小さなシワを寄せたまま、僕らに向き直る。
「こんな綺麗なお姉様が家にいたら、俺なら大喜び!」
「残念、あなたには聞いてない」
ふざける拓海を女王の鋭い剣先が掠める。
あーあ、色男くん。
誘惑するどころか
一撃で沈みそうな勢い。
最初のコメントを投稿しよう!