episode 22 惑わし

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「こんばんは、和樹」 密談する僕らのところへ。 「ごきげんよう、薫くん」 この家では見る事のない明るい髪色、ジーンズ姿の拓海が庭を突っ切って駆け寄ってきた。 「またいらしたの?」 夫である九条さんよりも頻繁なほど、拓海は義姉である貴恵を慕って会いに来るようになっていた。 「九条家のご次男はずいぶんとお暇みたいだな」 皮肉たっぷりに呟くと、薫はそそくさバイオリンをケースにしまった。 「同じ年なんだからもう少し仲良くしようよ?」 拓海の願いも虚しく。 「結構。俺はあんたみたいなタイプの人間正直好きじゃない」 仏頂面で煙草をもみ消し、薫はテラスを後にした。 「俺って、この家じゃ嫌われるタイプみたいだね」 まるで堪えてない笑顔で、拓海は薫の背中を見送る。 「そんなもの着てくるからだよ」 僕はジーンズを指差した。 「え?君、履いた事ないの?」 「履いた事も何も、この家じゃ見た事すらない」 「ヴィンテージだよ。カッコいいだろ?」 「なんて言ったって労働着でしょう。まあセクシーだけど」 拓海は自慢げに完璧なヒップラインを強調した。 「それより何?また貴恵お姉様にちょっかい出しにきたの?」 天宮の屋敷にふさわしくない格好の客人を、僕は中へと招き入れた。 「もちろん女神には毎日でも会いたいよ。でも今日はうちの父から天宮家の皆様にお誘い」 拓海は胸元からチケットの束を取り出した。
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